充実した週末でした。
台風もすき。関東直撃の日に人生初オペラ。
そういう巡り合わせのもと生まれてきてるほうだと思う。
でも、最近そういうのもきらいじゃない。
受け入れたっていうほど大仰なことでもないけど。


会った人。見たもの。話したかけら。奥底で感じたこと。
どれも否定的にではないけど、ウンザリするくらい重い。
私の思い入れが重いのか、過去が重いのか、示唆するところが重いのか。
「重いもの、すきだよねー」って自分に言いたくなる。
あえて選んでるわけで、確信犯なわけで、もうどうしよもないわけで。



世界が、本当は鹿の角みたいになってて、
二股に分かれたその先のさらに二股に分かれたはじっこに、
洋服の首の裏部分だけで辛うじてひっかかってる、
という、想像をした。
自分が見ている世界の中心には確かに自分はいなくて、
彼の世界だと思った世界は、円グラフ程度には確かに彼の世界と重なるんだけど、
結局自分の世界でしかないのではないかと思った。
でも手で砂をやさしくかけていくようにこんもりと終わりを作ったんだね、きっと。


言い当てられればうれしくて、理解されたと勘違いしてしまう。
隅っこのほうにしゃがんで、道にこぼれた言葉たちを見てただけなのにね。
「よく見てる人だから」と言われて、知ってたけどやはりがっかりする。
見てることに意味なんてないと思いたいのに、
日々そのツールに頼ってる部分が果てしなくあって、
それを失う日が来ることが本能的に怖い。
でも同時にさっさと来てしまえばいいのにと思う。
そしたら変なプライドとか自意識とかぺしゃんこになってしまうのにさ。