翻弄されるということは

今月あたまに星を見に行って以来、頭の中が忙しいままで年越しを迎えてしまいそうな気がする。現実問題として慣れない新規仕事に意識を引っ張られていることも要因だし、いうとはなしにじりじりとあせっているような淋しさに足元を掬われているような、やり場も行き場もないそこはかとなさに付きまとわれて振り払えないままでいることも一因だと思う。こんな精神状態で、新たな出会いの場に出向いたり少し気になる人と時間を過ごしても、心から楽しめないというか気もそぞろなままというか、落ち着かない感じに陥りそうなのだけど、決まってしまっていることは致し方ないから、できるだけへまをやらかさないように集中して乗り切るだけだ。タイトルにあるように翻弄されているというのは、親に心を乱されるということ。基本的に楽観主義で物事の関連性に対する気づきが薄い方だから、これまでもおんなじようなことが何度となくあったにもかかわらず一切つなげて考えてなかっただけ。そしてその部分に自分でも忘れてた、自分のばかみたいなまじめさと親への無条件のパブロフの犬みたいな愛を再認識してもう一度落ち込むのだ。いつだって知らなかったり気づかなかった無邪気な無知が、振り返れば数倍良く見えてだけどそこには二度と戻れない。どんなリンゴもかじってしまったら知る前には絶対に戻れないのだ。どんなに気づきたくなかったと悔やんでも。それを人は成長と呼ぶのなら、わたしはやっぱりずっと一生こどものままでいたかった。なんて言っても今だって昔想像していたような大人像には全然程遠いのだけれど。