thora2008-04-21

この週末は充実してました。


木曜日に飲んで、金曜日に飲んで、
土曜日に疲れて、日曜日に飲んで。
ただ飲んでただけみたいだけど、
そういうわけでもないよー。
それぞれに充実した理由があったんだけど、
なんか最近(うーん、ここ半年くらい?)
そういうことを言葉にして書くのが憚られて。
記録は大切だけど、記憶は心にそのまま置いときたい
ってちょっと思ってるのかもね。
思い出の出し惜しみ。
記録程度に書いておくのは、
自分の手帳で充分だと思ってるしね。
最近あんま手帳も開いてないけどさ。



例えば、どこかに出かけて、
山でも川でも、ちょっと素敵なカフェでも
好きなテイストのインテリアショップでもいいんだけどさ、
それは、そこを目指して出かけたんでも、
たまたま偶然散歩の途中に発見したんでもいいんだけど、
そこに、「○○(特定の誰か)と一緒に来たいもんだな〜」
なんて、ふわっと無意識に近く思ったりするじゃない?


いやいや、恋愛に限った話じゃなくてね。
「このお店の感じって絶対△△が好きなはず!」
たくさん時間を共有してきたかけがえのない間柄の人なら、
なんとなくその好みも知っていて、
それに近いものや、好きそうなものを発見すると、
思わず急いで教えてあげたくなっちゃったりする。


そんな感じで、
「ここのお店は○○と来たい、面白いグラスワインがいっぱいあるから」
「あそこで見た風景は、□□に見せたら絶対好きそうな気がする」
「あの辺で見つけた雑貨は△△へのプレゼントにいいかも」
そういう未来への貯金がどんどん貯まっていく。
それは一人でも誰かと一緒でも関係なく、
「いつか」「また」「そのうち」
実現させたいなーくらいの行きたいとこリストだ。


でも、それがもし実現できなくなってしまったら?


遠くに行っちゃうってそういうことなのかもしれない。
またすぐ帰ってくればいいんじゃん、って
楽天的な私は思うし、絶対なんてないんだから、って
良い意味でも悪い意味でも、受け入れ諦めてきた。
つもりだった。


だけど、ひとつひとつかなえていくことが、
貯金の正しい使い方なんじゃないかって思った。


うまく、いえない。


貯めたことすら忘れちゃってるような貯金なわけですよ。
いわゆるタンス貯金、みたいなね。
人の記憶なんて不確かだし、人は忘れる生き物だし。


たまたま偶然見つけて拾い物みたいにしてした貯金を、
またまた奇遇にもタイミングがあったから使ってしまおう、
みたいな勢いが大切だと思うんだよね。



だから、誰かと行きたいとこを見つけたら、
確かに急いでその人を誘って行ってみることも大事だけど、
機会がくるまでのんびりあっためて待つっていうのも
一つの手だよなーって思ったんです。


そうやってひとつずつ、
このちっちゃな夢のかけらみたいなのが
叶っていくことは、
一つの楽しみ方だよね。



明日は何か叶うかな〜