戦闘準備万端

会うたびに、
こうなにか発見があるっていうか…
まなこからうろこが剥がれ落ちる気がするっていうか……。
そんな昔ながらの友だちと、
一昨日会ってお酒をちょこっと飲んでまして。
またまた考えることに出合いまして。
 
 
たぶん一言でいえば、
彼女の指摘はいつでも鋭く繊細。
そしてもちろん非常に正確。
だから、なわけではないかもだけど、
虚を突かれる、というか、
不意打ちというか。
当たってるだけにぐうの音も出ないし、
いやじゃなくてむしろ
パズルのピースが嵌まったみたいに気持ち良い。
 
 
わたしは「武装してる」んだってさ。
しかもその「武装が血や肉になっちゃってる」んだってさ。
…めっちゃ当たってるよね。
そんな強そうなもんじゃないんだけど、
なにかに対して完全防備で挑んでる。いつも。
でもその装備を外そうとして
力任せに挑まれたり切り付けられたりすると、
すっごい痛いの。
装備のはずがすでに血肉化しちゃってるから。
それ、自分のことなんだけど、
すごいよくわかるのだー。
や、自分のことだからわかるのかー?
 
 
ひとはさぁ、
たぶんだれでも外敵や障害物があって、あるのを知ってて、
あるから、それから身を守ろうとするものじゃない?
多かれ少なかれ誰しもきっと。
そのやりかたにも傾向はあるにせよ、
その人それぞれちがいがあって、
別にユニークでいいんじゃないかと思うけど、
そして自分はこういうふうにしか選べなかったし、
きっとこれからも選べないんだろうけど、
そのやりかたに、そのやりかたから生じるなにかに、
他人がムッとしたりイラッとしたり迂回して避けたくなったり、
することもあるって知ってた。
 
 
それと同時に、
ああ、このせいでわたし
自分の内と外にギャップがあるように感じるんだな…
ってことがピンときたんだよね。そのとき。
そしてそれが、わたしが
傲慢だとか生意気だとか
えらそうとか強気だとか
しっかりしてそうとかいう指摘やコンプロマイズに
すべて根幹でつながってきてるんだな…と
今更ながら思い当たり、深く納得したわけです。
 
 
じゃあ(武装を解除したときの)ホントのわたしってのは
一体どんなんでどこにいるのかって言えば、
それはもう血肉化しちゃってるんだから、
これそのものがそうなんです、
としか言い様がないんだよね。
 
 
まぁ、とりあえず謝っとくとすれば、
「その武装は装備なんだから」と
がんばって外そうとしてくれた人たちだよね。
申し訳ない。ありがとう。でも、痛かったです。
ありのままでいるってことは
じつはもうよくわからないけれど、
きっとだれもが
「そのまんまでいればいいんだよ」
って言われたい、言ってほしいだけなんだよね。