陰欝さを好む

とうとう三十路を射程距離に捉え、差し当たってセンチメンタルに在京十年を振り返ってみると、
わたしは大人として女性として社会人として、
あるべきとされる、またはおのずからあるべきと考える方向へ枝葉を伸ばしてきたと思う。
その中で、具体的に、
また徐々にとはいえ当初と比較すると
飛躍的に変化したと感じる点は、
何より必要以上に陰欝さを好まなくなったことだと思う。
それは、思春期を経た10代後半から20代前半のモラトリアムを抜けたことの
確固たる証拠であるように感じる。
 
もちろん感情の波がうねるルーティンの中には、
いまだに鬱々として重く、無気力に頭上の嵐が行き過ぎるのを待つ、
という状態が否応なく訪れるので、
それに馴れ親しみつつももてあまし、吐露しながらもがくということはある。
これとはきっと一生付き合っていくのだろうと解っているし、
このルーティンが確かにメンタル面における健常の礎となっているのだと推測する。
 
また現代前の国文学の独壇場かと思われるような
望みなく明かりもない一連の作品らに手が伸びて、
そのどろりとした漆黒の水にどっぷり首まで浸かることを、今も心から愉しむけれども、
それに足首から搦め捕られてずぶずぶと底無しに沈んでいくような感覚は既になく、
深いと思っていたプールの底が案外浅いので膝腰をわざと曲げて立たない気分で戯れるように、
自らの意思でなんとでもできる範疇にあることを知っている。
 
 
いま振り返ってはたと思い気づいてみると、
当時10代の身に纏った自らの生命のあまりの輝き、満ち溢れるような瑞々しさに、
その圧倒的なパワーそのものと、それがいずれ喪われていく未来の両方を只管畏れて、
とにかくただ暗く陰欝なものへ焦がれ惹かれていったのだと思い当たる。
 
自らの光を確認するために影に近づき、影によって光であることに怯え、光であるために影に恋慕する。
 
その一見ばかみたいに無為に見える心の動きこそが、
若さを根幹から若さたらしめるというか、
思春、青春が春である所以というか、
いつかは行き過ぎてしまう習性ゆえにその時噛み締めることのできる
唯一かつ普遍、誰にでも平等に与えられた特権なのだと思う。
 
内に在って自身から放つ光こそが陰欝さを乞う要因であり、
真の陰欝へ近づけば近づくほど光は喪われて、
それと同時に陰欝は深部より遠くなり、
やがて光と闇は境界部分で混じり始め、
生温くうすぼやけた混合物としての融合点に達していく。
そのことをそのまま受け入れることができずに、
つまり、自ら発する光か、
または自己より外側にある陰欝を内在したかのようにすり替えることで、
一生そのことに執着し続けていく人もいる。
もちろんそのことを否定など誰にもできない。
それでも他人事ながらなお、勿体ないと思う。
そんな感情自体が侮蔑的と言われればそれまでだが、
現在に生きている以上、どんな理由があるにせよ
過去に向かっては生きていけないのだから、
経年に適応して変化を受け入れていかねばならないはずだと思う。
 
生命の光は最大値を、思っているより意外と早い時に迎えてしまうということ。
その後、光を喪っていく、…言い方が悪ければ、緩めていく、
その過程こそが大切なのだということ。
生物である以上、自ら望もうが望ままいが否応なしに、
生まれたら次へとつなぐDNAが組み込まれている。
光を喪うこととは、
次の世代が光り輝くよう自身を費やすということ。
その本能的行動の薄紙のような積み重ねが人類の、地球の生命の歴史を作ってきたこと。
 
そんな風に鳥の眼よりさらに高い位置から
全体を把握するべく眺めてみると、
光の最大値も陰欝さの漆黒の両方も喪い、
ちっぽけな存在感とともに凪いでいる自分の現状がクリアに見えてくる。
光が弱まっていくのと比例して可能性は狭まってきたように感じていても
そんなことは常に事実としては存ぜず、
無闇にがむしやらに陰欝さを追い求めなくなった代わりに
ただ挑戦するモティベーションがいつのまにか低空飛行を始めたことと、
掌中のものを守らなければいけないものだと自分を暗示にかけているだけで、
いつだって飛び立てることはあの頃も今も変わりはしないのだと思う。
 
 
 
(↑本当のイメージは昆虫類ではなく猛禽類なのだけれど)